「この町の人は誰でも、タウンミーティングに参加しなければ、地域のことに意見を言う権利はないと考えています」

20181106講師のレニさん16日に札幌で開かれた市民講座で、若いアメリカ人女性が話した言葉だ。さっぽろ自由学校「遊」が開いた「草の根民主主義」を考える講座。講師の大学生レニ・シャルボンヌさんは2時間にわたり、自身が住む米ニューイングランド州マールボロの直接民主政治を紹介してくれた。=写真

人口約500人のこの町には、首長も議員もいない。地域の問題は老若男女の全市民が参加するタウンミーティングで決める。ほとんどの市民がタウンミーティングに出席し、挙手による採決に参加するという。「なぜ参加率が高いのか?」という受講者の質問に、レニさんが答えたのが冒頭の言葉だ。

古代ギリシャを思わせる直接民主制は、今の日本では現実的でないが、しかし本講座の狙い通り、いくつものヒントをくれた。冒頭の言葉を裏返すと、「全員に発言の機会を保証すれば、政治への参加率は高まる」となる。この論理を推し進めれば、「より多くの市民が自分の意見を表明できる場が増えれば、そしてその場が政治となんらかの接続をされていれば、現代日本でも投票率は上がる」と言えるのではないか。私はそんな風にレニさんの話を受け止めた。

 

◆選挙以外の政治参加

 

われわれが暮らす間接民主制の社会で、選挙は市民にとって政治参加の最重要の機会であり手段だが、それでも選挙だけが政治参加ではない。また、候補者の名前を紙に書いて箱に入れる行為はとてもシンプルで、自分の行為が政治にどう生きたのか、実感がわきにくい。

20181106遊チラシ草の根民主主義選挙以外の参加の形として、レニさんが重視していたのが、市民によるディスカス(対話、討論)だった(彼女は先住民族の研究で来日したが、政治学も学んでいる)。

見せてくれた数々のスライド写真には、マールボロの集会場で、一人ひとりが大勢の前で真剣かつ明るく意見を語り、うなずいたり腕組みしたりしながら話を聴く若者や中高年の男女の姿があった。紙を箱に入れることより、ずっと面白く、政治にかかわっている実感があっただろう。

すべての人に等しく発言時間が与えられ、他の全員がその時間はその人の話に耳を傾けることで、きっと個人を尊重する空気に満たされていただろう。


 ◆開かれた、小さな集いの輪を広げていく


 「札幌ではマールボロのように全住民を集めたタウンミーティングは無理だ。区ごとでも無理」、という声が、聴いていた人の中から出た。確かに一度に全住民を集めるのは無理だが、いま各地で自発的に行われている市民の小さなワークショップやサロンでは、全員が発言することも、それほど難しくはない。どんなテーマでも参加者全員が意見を出し合える、小さくて開かれた場が、(全市を網羅せずとも一定程度)輪のように広がり、そこで出た声が何らかの経路で地域の政治に接続されれば、政治参加が実感を伴ってくる。

自分の意見が実際に政府や自治体の政策や意思決定に反映されるかどうかは、ここでは置いておく。誰もが無視されず、自分の言葉で自分なりの意見を表明し、自分以外の複数の人がそれを聴くという経験が、政治参加を促すのだと思う。


 ◆21世紀型の政治参加へ


20181106講師のレニさん2SNSに代表される情報技術の発達で、何万人もの個人が自分の意見を共同体の全員に表明できる技術は、一応実現した。あとは地域でのリアルな集いの場にその技術をうまく落とし込む。それと、たくさんの人の意見を整理、集約するファシリテーションの技を市民が磨く。それができれば、直接民主制の精神を感じられる21世紀型の政治参加が見えてくる。
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さて11日はいよいよ旭川市長選挙の投票日。多くの市民が他者の前で意見を表明できる環境は未成熟だが、その時が来るのを期待して、投票に行ってほしい。政治に参加したと感じられる人は素敵だ。もしそうでなくても、将来に発言する「権利」を得た気持ちにはなれるはずだ。